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行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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  • 09/23/13--21:18: 栗原の石地蔵
  • 栗原の石地蔵
     小さな人気者です 撮影日;2013.09.18 

     とてもかわいらしいお顔をした半肉彫りのお地蔵様です
     30cmほどの小さな石仏です

     『右於か寺』と刻まれていて、道標としても置かれているようです
     壺阪寺岡寺を結ぶ古い街道でしょうか
     (今は農道です)

    栗原の石仏

    ★所在地;高市郡明日香村栗原
    ★交通;近鉄飛鳥駅下車 徒歩25分
    ★駐車場;有りません
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;

     600mほど西に於美阿志神社「檜隅寺跡」が在ります
     500mほど南に栗原寺跡が在ります


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  • 09/25/13--01:17: 島の宮万葉歌碑
  • 島の宮万葉歌碑
     島庄遺跡が見下ろせる場所に有ります 撮影日;2013.09.18 

     島の宮 上の池なる 放ち鳥 荒ひな行きそ 君いますとも (巻第2-172)

     島庄遺跡では、昭和47年3月に約43m四方の方形池が見つかっっています
     嶋宮推定地一帯に広がる縄文時代以降の複合遺跡です
     7世紀前期の建物跡も見つかっていて、日本書紀に度々登場する馬子の邸宅跡の可能性が高いそうです

     石舞台古墳の西側に有り、現在駐車場として使われている広場で、以前ここには高市小学校が有りました
     その北側で見つかった方形池は、7世紀の初め頃に作られた池です
     西北の護岸の石組は豪壮なもので、池底には、径20cmほどの川原石をびっしりと敷きつめていたそうです
     この池跡は馬子の邸宅にあった人工池「勾(まがり)の池」と推定されています
     嶋宮はその跡地を利用して築かれた宮だそうです

    島の宮万葉歌碑からの眺望

    ★所在地;高市郡明日香村島庄
    ★交通;石舞台古墳より 徒歩15分
    ★駐車場;なし
    ★入場料;見学自由


     参考;島庄遺跡

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  • 09/26/13--02:01: 仏頭山墓地の石仏群
  • 橘墓地の石仏群
     橘寺の裏山に有ります 撮影日;2013.09.18

     年代は分かりませんが、かなり古いもののように見えます
     香炉寺の本道裏辺りに、五輪塔や地蔵石仏がまとまって並べられています

    橘墓地の残欠 香炉寺 
     (浄土宗)攝取山「香爐寺」の創建・由緒などは不詳

    ★所在地;高市郡明日香村橘540
    ★交通;近鉄橿原神宮前駅より バスで岡橋本下車 徒歩7分
    ★駐車場;橘寺にPあり
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;


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    辻家住宅丹波市
     上街道沿い、丹波市の旧アーケード前に建ちます 撮影日;2013.10.21

     江戸時代後期(1751〜1829)の建築です
     2005年11月に登録有形文化財に指定されています

     主屋は、2階建のたちの高い姿形は通りに面して際だった存在です
     桁行5間・梁行5間半規模の2階建
     屋根は北を切妻造、南を入母屋造の本瓦葺とし、内部は北方床上部に2列3室を配し、2階には8畳座敷や茶室等を設ける

    辻家住宅

     土蔵は、主屋床上部の西方・敷地北辺沿いに南北棟で建つ
     桁行2間・梁間2間規模で、切妻造・本瓦葺の2階建土蔵です
     東面に桟瓦葺の下屋庇を差し掛けて戸口を設ける
     外部は漆喰塗とし、2階に片開き窓、軒に換気口を開ける
     主屋背面中庭を囲う構成要素のひとつとされます 

    ★所在地;天理市丹波市町20
    ★交通;JR・近鉄天理駅下車 徒歩15分
    ★駐車場;有りません
    ★入場料;見学不可(外観のみ)
    ★問合せ;


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    若江の家
     天理大学の創設者が旧制大阪高等学校に在学していた際に宿舎として使用していた建物です 撮影日;2013.10.21

     創設者記念館として一般にも公開されています
     大正13年(1924)の建築です
     昭和30年に天理大学創立30周年を記念し、東大阪市の若江岩田から移築されました

     大阪時代は、若江の家と日本家屋が廊下でつながった構造で、当初は木造2階建て
    洋館部分の設計は日本で最初の住宅供給会社で洋館の専門会社の「あめりか屋」
    ドイツやイギリスにある木骨を見せた「チューダー様式」や、モルタルをコテで弾き飛ばす「ドイツ壁」が特徴
     天理に移築された際に、斜面を利用してコンクリート造りの地階部分が増築され3階建てになった

    獅子の飾り ステンドグラスの窓

     公開されているのは木造の旧1階・旧2階部分
     旧1階は、書院造りの二間続きの和室と旧来の洋室(創設者紹介展示室、天理スポーツ展示室)
     旧2階の勉強室(天理外国語学校創設の会議もここで行われていたらしい)には、獅子の細工が施された重厚なテーブルやいすが有ります
     洋室を利用した展示室2室もある 

    ★所在地;天理市杣之内町1050(天理大学内)
    ★交通;JR・近鉄天理駅下車 徒歩30分
    ★駐車場;有りません
    ★入場料;タダです
    ★開館日;毎週水曜日と毎月25・26日
    ★開館時間;10:00〜16:00
    ★問合せ;0743-63-2807


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  • 11/09/13--16:00: 八つ岩
  • 八つ岩
     山の上に巨岩がいくつもころがっています 撮影日;2013.10.21

     「八つ岩」と言われ、石上神宮の奥の宮として崇められています
     言い伝え・・・「むかし、出雲の国のひの川に住んでいた八岐の大蛇は、一つの身に八つの頭と尾とをもっていた。素戔鳴尊がこれを八段に切断して、八つ身に八つ頭が取りつき、八つの小蛇となって天へ登り、水雷神と化した。そして、天のむら雲の神剣に従って大和の国の布留川の川上にある日の谷に臨み、八大竜王となった。今、そこを八つ岩という。
     天武天皇のとき、布留の物部邑智という神主があった。ある夜、夢を見た。八つの竜が八つの頭を出して一つの神剣を守って、出雲の国から八重雲にのって光を放ちつつ布留山の奥へ飛んできて山の中に落ちた。邑智は、夢に教えられた場所に来ると、一つの岩を中心にして神剣が刺してあり、八つ岩は、はじけていた。そして一人の神女が現れて、『神剣を布留社の高庭にお祀りください』という。そこで、布留社の南に神殿を建て祀ったのが、今の出雲建雄神社(若宮)である。」という

    ばくち石 八つ岩

     注連縄が張られた岩は、岩の割れ目から水が湧き出すそうです
     が、割れ目があるようには見えませんでした

     北側にも大きな岩があります
     バクチ石と呼ばれるようです
     遠い山奥で見つかることがない為、昔ここでバクチを打ったと伝わります

     天理市の長滝町・福住町・岩屋町に亘る高い嶺に有り、北西側は開けていて、平城宮跡も見えます

    八つ岩眺望1 八つ岩眺望2
     参照;記紀・万葉でめぐる天理

    ★所在地;天理市長滝町
    ★交通;JR・近鉄天理駅より バスで「上入田」or「国道福住」下車 徒歩40分
    ★駐車場;有りません
    ★入場料;見学自由ですが、自己責任で
    ★問合せ;0743-63-1001(天理市観光協会)


    八つ岩前廃車 八つ岩前崖崩れ 八つ岩登り口

     道は地図に載っていますが、かなり荒れています
     途中、廃車あり、崖崩れあり、最後は斜度40度ほどの急斜面(ロープが張って有ります)です 

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  • 11/10/13--16:00: 浄土の十王石仏
  • 浄土十王石仏
     氷室神社から七曲り峠道への途中に有ります 撮影日;2013.10.21

     江戸時代中期の作
     高さ160cmの花崗岩製です
     笠石をのせています
     十一体の像が三段に半肉彫りして有ります
     上段の中央は阿弥陀仏で、十王は道服を着て、手に笏を持っています

    浄土十王石と小堂 浄土十王仏 浄土十王仏笠石

     隣にある小堂には二体の石像が安置されています
     如意輪観音は江戸時代後期の安政6年(1859)の刻銘が有ります
     僧坐像は江戸時代後期の文化14年(1817)銘が有り、右手に五鈷杵を持つ像です

    浄土僧石像 浄土如意輪石像

     少し北の山麓・竹薮に古い地蔵石仏が祀られています
     さらに北へ行くと梵字が刻まれた石も有ります 

    ★所在地;天理市福住町浄土
    ★交通;JR・近鉄天理駅より バスで「浄土」下車 徒歩2分
    ★駐車場;なし
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;


     七曲り峠道の手前には下之坊が有ります
    下之坊穴不動
     下之坊穴不動は、ばらもん杉前の石段下に有ります
    バラモン杉 穴不動

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  • 11/11/13--16:00: 七曲り峠地蔵石仏
  • 七曲り峠地蔵石仏
     鎌倉時代の地蔵石仏です 撮影日;2013.10.21

     花崗岩の荒切石を組み立てた石龕に、像高148cmの地蔵菩薩と80cm程の不動石仏を安置しています

     受取り地蔵と言われ、光背面に「建長五年(1253)癸丑十一月七日造立之中臣勢国弘也」の銘文が刻まれています
     二重円光背を負って、錫杖と宝珠を持つ姿を厚肉彫りしています
     野にある石仏では最古の石仏です

     周りにも多くの半肉彫りの地蔵石仏が微笑をたたえています  

    七曲り峠地蔵石仏 七曲り峠地蔵石仏 

    ★所在地;天理市福住町
    ★交通;JR・近鉄天理駅より バスで「浄土」下車 徒歩45分
    ★駐車場;下之坊にP有り 徒歩5分
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;


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  • 11/12/13--16:00: 琵琶の滝
  • 琵琶の滝
     吉野川支流下多古川にかかる奈良県屈指の名瀑です 撮影日;2013.10.27 

     落差50mの二段になった分岐瀑です
     上段部の形が楽器の琵琶に似ているので、この名前がついています

     滝下に吊り橋が有ります
     渡ってロープ伝いに昇っていくと、滝見東屋が有ります
     少し離れていますが、見ごたえ充分です
     (下段は滝下へ降りていくと見えます)

    琵琶の滝東屋 琵琶の滝落ち口
     (滝下へ降りれますが、台風明で足場が悪く断念しました) 

     とても水の綺麗な川です
     大きな岩が多く途中に小さな滝がいくつも見れます

    琵琶の滝吊り橋 吊り橋の下

    ★所在地;吉野郡川上村下多古
    ★交通;近鉄「大和上市」駅より バスで「下多古」下車 約4.5km
    ★駐車場;1kmほど手前に有ります(3台程度)
      駐車スペース先に木材搬出用のヘリポートが有ります
      そこから、約35分で到着
    ★入場料;見学自由 (足場はあまり良くありません)
    ★問合せ;0746-52-0111(川上村観光協会)


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  • 11/13/13--16:00: 旧延寿堂製薬
  • 旧延寿堂製薬
     県内で最も古いとされている電動式のエレベーター建屋です

     10年ほど前まで製薬業を営んだ宮本延寿堂の敷地に有る建物です
     大正5〜10年頃の建築で、陸屋根を丸薬の干し場としていました

     当時はどこの家庭にでも配置薬が有りました
     商売が軌道に乗り、庭だけでは乾し場が手狭になって建てたようです
     当寺としてもかなり珍しいドイツ製の電動エレベーターが使われています

     外壁は分厚い杉板が張られ、100年近く経った現在でも往時の姿を今に留めています 

    渡り廊下

     主屋とは渡り廊下で繋がれています
     主に六神丸などの丸剤を天日干しで乾燥させていたようです

     六神丸はジャコウ、牛黄(牛の胆石)、熊胆(月の輪熊の胆嚢)、人参(オタネニンジン)、真珠、蟾酥(せんそ:がまの油)を成分とし、名称はこの6つの神薬(高価で貴重な薬)でできていることに由来します

    ★所在地;高市郡高取町大字清水谷1011
    ★交通;近鉄壺阪山駅より バスで壺坂寺口下車 徒歩5分
    ★駐車場;なし
    ★入場料;公開はしていません(外観のみ見学可)
    ★問合せ;

     高生神社の参道横に有ります


     撮影日;2011.04.11

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    山口薬師寺宝篋印塔
     鎌倉時代中期に造立された宝篋印塔です 撮影日;2013.10.27

     建治4年(1276)の銘があり、重要文化財に指定されています
     刻銘は四行にわたり 「父母師長、往生安楽、建治四年、願主□□」と刻まれています

     高さ127cmで、花崗岩製
     基礎と笠だけが本来のものとされています
     身は金剛界四仏の種子を薬研彫りされています
     相輪の代わりに五輪塔の風・空輪をのせています

    山口薬師寺の宝篋印塔 山口薬師寺石塔など

     薬師寺の創建・由緒などは不詳です
     現在は会所となっています 

    山口薬師寺

    ★所在地;吉野郡吉野町山口
    ★交通;近鉄大和上市駅より バスで山口下車 徒歩5分
    ★駐車場;有ります
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;

     近くに菅生寺吉野山口神社・高鉾神社が有ります


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    阿土墓地の石造聖武天皇像
     珍しい聖武天皇の石像です 撮影日;2013.10.21

     墓地の入口(鳥居をくぐって左手)に有ります
     像高60cm程の坐像です
     作成年代など不明です
     奈良時代、聖武天皇は仏教を中心とした国造りをされました

     墓地を入って少し進んだ左手に、像高1.2mほどの舟形後背に半肉彫りされた地蔵菩薩が立っています
     その台座に菊の御紋が有ります

    阿土墓地菊紋 阿土墓地石塔残欠 

     阿土墓地は岡崎村・東安堵村・西安堵村・窪田村・吐田村・下永村の六か村の共同墓地で、延宝7年(1679)の記録にも有ります
     (律宗)「阿土寺」の本堂前に古い墓石などが積み上げられています
     五輪塔残欠には文明2年(1470)銘が有ります

    ★所在地;生駒郡安堵町窪田53
    ★交通;近鉄ファミリー公園前駅下車 西へ徒歩30分
    ★駐車場;有ります
    ★問合せ;


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    宮滝夢のわだ

     夢のわだとは、象の小川(喜佐谷川)が吉野川に流れ出る辺りで、大きな岩に堰かれて深淵になっている所と伝われています
     芝橋から西側を見下ろした辺りです

    宮滝遺跡 吉野離宮碑

     宮滝遺跡は、今は原っぱです(国の史跡指定)
     飛鳥・奈良時代に「吉野宮」が営まれた地でもあります
     古代の内戦・壬申の乱では、大海人皇子(後の天武天皇)がここを出発して勝利を収めたことから、聖なる地として扱われました
     天武天皇の后・持統天皇は、この地を30回以上も訪れています

     近くに立てられている吉野離宮顕彰碑は、末永雅雄教授の書体だそうです

    ★所在地;吉野郡吉野町宮滝
    ★交通;近鉄大和上市駅駅より バスで宮滝下車 徒歩
    ★駐車場;吉野歴史資料館に無料Pあり
    ★問合せ;0746-32-1349 (吉野歴史資料館)


     撮影日;2013.10.27
    宮滝

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  • 11/17/13--16:00: 川上村の楠里水
  • 川上村の楠里水
     常温でも"まろやかで美味しい水"です 撮影日;2013.10.27

     別名「奥吉野の名水」または「弘法大師ゆかりの湧水」として知られます
     社の下から湧き出ています

     今を去る千二百数十年の昔、弘法大師が唐の国から帰朝後、吉野より熊野へ修行の旅へ出られた
     その途路、旅の疲れを癒さんと里の老婆に一杯の水を所望された
     待つこと久しく水は来ない
     余のおくれに腰を上げんとするとき、ようやく老婆が来りて水を差し出す
     あまりのおくれにそのことを問えば、この柏木の里は昔から水のない里、旅坊に差し上げる水も下の川まで汲みに行って来たので今に遅れたと
     大師は深く感じ、里の地に持てる錫杖を突立てところ、不思議にも淡々と清水湧き出たり
     里人は大師の水としてうやまい今に伝える(説明板より)

     柏木の住人は、水道が完備するまでこの水で生活していたそうです
     周辺はほとんど石灰岩ですが、不思議にこの水は石灰岩が含まれてない純粋なアルカリ水です

    楠里水堂 楠里水堂内の大師小像 

    ★所在地;吉野郡川上村柏木
    ★交通;近鉄大和上市駅より バスで「湯盛温泉杉の湯」下車 南へ11km(村営バス有り)
    ★駐車場;なし
    ★入場料;見学自由
    ★休館日;金曜日は水が汲めません
    ★問合せ;07465-4-0640(喫茶「秀」)


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  • 11/18/13--19:10: 大滝公会堂
  • 大滝公会堂
     静かな山村にとても立派な建物が建っています 撮影日;2013.10.27

     大正13年7月28日に上棟式を行い、昭和2年4月4日に完成した記録や資料が残っています
     完成当時はシャンデリアが架かるモダンな部屋で、弁論大会などが催されていたそうです
     剣道大会は昔から盛んで今も行われています
     公会堂奥の大きな建物が道場です

     建てられた年は非常な不況で材木が売れず、林業だけでは生活できない村民が出たそうです
     そこで、大滝区が公共事業として山の木を購入して建てました
     伐採から建築まで地元にお金を落として貧民を潤しました
     川上村は、林業で潤っていましたが、とくに大滝はその中心でら裕福でした
     また土倉庄三郎が、村に村有林を寄付しただけでなく、大滝修身会にも山を寄付していました
     それが事実上の区の財源となっていました

    ★所在地;吉野郡川上村大滝
    ★交通;近鉄大和上市駅より バスで大滝下車 徒歩10分
    ★駐車場;有ります
    ★見学;通常は鍵がかかっています
    ★問合せ;

     すぐ近くに「龍泉寺」が有ります


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  • 11/20/13--05:11: 小川古城址
  • 古城址公園
     南北朝時代の小川氏の城跡と考えられています 撮影日;2013.11.02

     伝承によると、永禄4年(1561)に小川城が松永氏に攻め落とされた直後に小邑に臨時の城砦を築いたと伝えられます
     この小邑に築いた臨時の城砦が、現在の小川古城にあたる可能性があるようです
     臨時の城砦は築城途中で放棄されたと伝えられます

     小川氏の発祥地である小邑の入口にあり、高見川流域に突き出す尾根上に築かれていました
     高見川をはさんで対岸には、小川氏の平時の居館であったと推定されている「御殿屋敷」が有ります
     主郭にあたる場所は現在「愛宕神社」の境内になっています

     城址前は、公園として整備され桜やカリンの木などが植えられています
    古城址碑 原裕句碑
     原裕句碑「あるときは一木に凝り夏の雲」も有ります
     原裕氏は、俳人の原石鼎の主宰する鹿火屋に17歳で参加し、その教えを受けました
     石鼎の死去後は夫人のコウ子の勧めにより原家の養子となっています
     1974年8月の「鹿火屋創刊六百号記念大会」において鹿火屋主宰を継承しました
     作風は、写生を生かしながらさらに想像力を働かせ、人間が生きる根底にある懐かしさを捉えることにあるそうです 

    原石鼎の旧居跡 小・地蔵堂
     近くの下五味橋(三船橋)の南詰に看板が立てられています
     原石鼎の旧居(小診療所跡)が有った場所のようです
     向かい側に地蔵堂が有ります

    ★所在地;吉野郡東吉野村小(小字古城)
    ★交通;近鉄榛原駅より バスで「東吉野村役場」 乗換え「下出」下車 徒歩15分
    ★駐車場;有りません
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;0746-42-0441(東吉野村役場)


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  • 11/21/13--09:09: 山野丸山1号墳
  • 下芳野丸山1号墳
     尾根の先端に築かれています 撮影日;2013.11.02

     径15mほどの円墳「105-42」です
     大正元年に、直刀一振が発掘されています
     築造は古墳時代後期と思われます

     墳丘北側に小さな墓地が有ります
     石造物が並ぶ背後に有り、横穴式石室が有ったようですが、開口部も石材も確認できませんでした

    下芳野丸山1号墳遠景 石造物 

     50mほど北に2号墳が在ります
     径6m・高さ1mほどの円墳です
     比較的良好に墳丘が残っていますが、墳丘上には陥没坑が有り盗掘を受けているようです

    下芳野丸山2号墳

    ★所在地;宇陀市菟田野下芳野(小字山野)
    ★交通;近鉄榛原駅より バスで「菟田野」下車 東へ1.7km 
    ★駐車場;なし
    ★見学;私有地です 一声かけた方が良いでしょう
    ★問合せ;

     谷を挟んで、東側に「山野神社」が有ります


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  • 11/22/13--10:20: 古宮谷1号墳
  • 古宮谷1号墳
     小学校の敷地北側に保存されています 撮影日;2013.11.02

     2001年に菟田野小学校建設に伴い、発掘調査されています
     豊富な副葬品(鏡・剣・玉等)約180点が出土しました
     
     径20〜25mの円墳(前方後円墳の可能性も有ります)「15D-398」です
     埋葬施設は、2基確認されています
     1号主体部には、長さ4m・幅1.5mの組合式木棺
     2号主体部には、割竹形木棺(長さ約6m・幅約0.8m)が納められていたようです
     
     国産とみられる画文帯神獣鏡一面(直径16cm)・鉄製刀剣七点・槍の穂先とみられるものと鉄斧各一点・碧玉と滑石製の勾玉・管玉・臼玉の玉類約160点などの副葬品が出土
     前期古墳に典型的な副葬品がすべてそろい、整った埋葬形式と判明
     画文帯神獣鏡が完全な形で見つかったのは宇陀地域で初

     大和政権と深く結びついた武人集団の首長墓と見られます
     築造は4世紀末〜5世紀初め

     西側の丘陵上にも4基ほど円墳が在り、古墳群を形成しているようです 

    ★所在地;宇陀市菟田野古市場672
    ★交通;近鉄榛原駅より バスで「古市場地蔵の辻」下車 徒歩5分
    ★駐車場;
    ★見学;外部者の見学不可(事前に許可必要)
    ★問合せ;0745-64-2521(菟田野区地域教育事務所)


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    西谷1号墳移築石室5
     特別養護老人ホーム「悠楽苑」の敷地に保存されています 撮影日;2013.11.02

     1号墳は1989年建設工事に伴い消滅
     径20m の円墳で、高さ3m以上と推定されています
     須恵器・土師器・鉄刀・鉄刀子・鉄鏃・鉄釘・耳飾などが出土しています
     6世紀後半の築造で、7世紀前半にかけて追葬されているようです

     石室は2号墳脇に移築保存されています
     自然石の乱積みで、天井石は無くなっていたようです
     全長10m、玄室長5.1m・幅2.15m、羨道長3.9m・幅1.43m
     玄室床面には板石が敷かれていました   

    西谷1号墳石材 西谷2号墳への石段
     移築石室の背後に2号墳への石段が有ります

     2号墳は径15m・高1m の円墳 「15B-550」
     横穴式石室が有るようです
     現状は方墳状の小山の上に保存されています
     墳頂に陥没坑あり
     調査はされていないようです

    西谷2号墳 西谷2号墳の丘

     進入路の右手山内にもいくつか古墳が在るようで、古墳群を形成しています
     はっきりとした墳丘は確認できませんでした

    ★所在地;宇陀市榛原檜牧(甲)580
    ★交通;近鉄榛原駅より バスで「桧牧市場」下車 徒歩30分以上
    ★駐車場;有ります
    ★見学;施設事務室にて許可を得てください
     (認知症のお年寄りが居るので、団体での見学不可)
    ★問合せ;


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    桜井市埋蔵文化財センター入口
     文化遺産の保護および調査・研究を行う施設です 撮影日;2013.11.07

     建物は昭和63年に建てられました
     館内には、市内の出土品を紹介する展示室もあります
     纒向遺跡をはじめ市内の主要遺跡で出土した土器や埴輪などの遺物を展示しており、特別展、企画展も開催されます

    展示1 展示2 

    ★所在地;桜井市芝58-2
    ★交通;JR三輪駅下車 徒歩10分
    ★駐車場;有ります(無料)
    ★入場料;大人200円
    ★休館日;毎週月曜日、火曜日、祝日の翌日(祝日の翌日が火曜日の場合は水曜日)、年末年始(12月28日〜翌年1月4日)
    ★開館時間;9:00〜16:00
    ★問合せ;0744-42-6005


     

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