屋敷山古墳を利用した城郭です 撮影日;2014.10.11
中世~近世初めにこの地を支配した布施氏が居館として利用
江戸時代の初めに桑山氏が陣屋を築き、周辺に屋敷を構えました
城郭としての遺構は、ほとんど残っていません
≪屋敷山古墳前石碑文面≫
慶長六年(一六○一年)桑山修理太夫一晴公 布施郷に入部 この屋敷山に築城し四代八十余年間藩政を施く 天和二年(一六八二年)永井能登守直圓公入部 文久三年(一八六三年)まで七代百八十余年間居城となる 昭和五十一年五月吉日建之
築城年は不明ですが、大和国葛下郡(現在の大和高田市・葛城市周辺)を治めていた布施氏が、本拠である布施城の麓に居館として築いたと考えられています
鎌倉時代?に布施氏が平時の居館を築く
慶長5年(1600)、桑山一晴が和歌山より入封し、布施氏の館跡に陣屋を築く
天和2年(1682)、勅使への不敬により桑山一尹が改易される
文久3年(1863)、永井直壮により陣屋が櫛羅に移転される
★所在地;葛城市南藤井17(屋敷山公園内)
★交通;近鉄新庄駅下車 徒歩15分
又は、近鉄忍海駅より バスで「屋敷山公園前」下車 徒歩すぐ
★駐車場;有ります(無料)
★見学;見学自由
★問合せ;
城址「屋敷山古墳」の南東側に石室の天井石の一部が展示されています