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行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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  • 09/02/12--17:00: 杉山小児科医院
  • 杉山小児科医院
     大正時代の西洋風木造建築です 撮影日;2012.08.27

     平成17年11月に診療棟と居住棟の2棟が国の登録有形文化財に指定されています

     診療棟は木造平屋建で一部二階建
     切妻造り・桟瓦葺の構造
     外観は、軸部の濃褐色と白色のコントラストが鮮やかです
     急傾斜の切妻屋根・筋違・繰形・ドーマー窓風飾り屋根・棟飾りなど、ヨーロッパのハーフチンバー様式の洋館となっています
     大正10年ごろに建てられました

     西側の居住棟は木造二階建てで、寄棟造・銅板葺の構造です
     昭和初期に建てられました
     内部の階段の手すり柱にはアールデコ風の装飾が施されているそうです 

    居住棟 火の見櫓

     北側に「火の見櫓」が立っています
    郡山の火見櫓
     延宝8年(1680)郡山で大規模な火災が有り、町屋670軒あまりが焼失しました。貞享3年(1686)藩主本多忠平がこの延宝の大火を教訓として城下町の防火進める為に堺町、本町、柳5丁目、今井町に火見櫓を建てました。
     城下町を描いた町割図という絵図には堺町の火見櫓が描かれています。建物の屋上に四角い望楼を高く建てて、四方に窓を開けたものです。17町が交代で見張りを行っていました。
     平成21年3月 大和郡山市
     
    ★所在地;大和郡山市本町52
    ★交通;近鉄大和郡山駅下車 徒歩10分
    ★駐車場;なし
    ★入場料;外観は見学自由
    ★問合せ;杉山小児科医院のホームページ


     参考;やまと建築詩のページ


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    大納言塚のクヌギの巨樹
     豊臣秀長の墓所に有ります 撮影日;2012.08.27

     樹齢およそ350年とされていますが、塚が建てられたのが安永6年(1777)なので
     そのころに植えられたと思われます
     樹高はそれほど高くない(15mほどか?)
     幹周りは4mほど

     高見地蔵尊(石地蔵が集められた小堂)の背後に立っています

    幹 枝
     クヌギ(櫟・椚・橡)はブナ科コナラ属の落葉高木です
     カブトムシやクワガタが集まる木としても知られます

    ★所在地;大和郡山市箕山町14
    ★交通;近鉄大和郡山駅下車 徒歩15分
    ★駐車場;なし
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;


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  • 09/04/12--17:00: 大谷1・2号墳
  • 大谷1号墳
     大谷山自然公園内に2基の円墳が保存されています

     1号墳は径33m・高さ6mの円墳です
     公園の入口近く、森の中に有ります

     2号墳は公園の中ほどに有ります
     サツキ?の植え込みが墳丘に廻らされていて、まるでUFOのよう
     径13mほどの円墳です

     土師器・埴輪が出土しているようです
     5世紀頃の築造と考えられています
     2号墳のすぐ北隣にも小円墳が有ったようです 

    大谷2号墳

     馬見古墳群南群の築山古墳群に含まれています
     300mほど南に築山古墳が有ります

    ★所在地;大和高田市大谷(大谷山自然公園内)
    ★交通;近鉄築山駅下車 徒歩5分
    ★駐車場;有ります(無料)
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;


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  • 09/05/12--17:00: 西田家住宅
  • 西田家住宅 
     昭和前期の和風建築です 撮影日;2012.08.27

     平成16年2月に国の登録有形文化財に指定されています
     高石垣の上に建つ昭和初期の建築で、市内における代表的な近代和風建築です
     主屋のほか離れ座敷・土蔵・祠社・拝所などの付属屋も登録されています

     主屋中央棟は、木造2階建て・入母屋造桟瓦葺
     東側側面の屋根は八棟造で、二階の階高が高く豪華さを演出しています
     玄関の車寄せは唐破風の桧皮葺です
     北東端に位置する「竹の間」は八畳の書院座敷で、大和の指物師として有名な川崎幽玄の創作です

     主屋南棟は木造平屋建・瓦葺
     座敷は床・棚・書院を備える本格的なつくりで、洋大規模住宅の離れ座敷の好例です

     主屋西棟は木造平屋建・入母屋造
     北側に内玄関が有り、扉の両脇に特徴的な七角形の飾り窓が付けられています

     離れ座敷は2間四方規模の平屋建・入母屋造・銅板葺の小規模な建物です
     敷地の中で唯一江戸間を用いています
     西側壁面には丸窓を設け、天井は棹縁を放射状に配するなど数寄屋風の瀟洒な意匠を持ちます
     書院風の主屋などと対照をなす建物です

     内蔵は主屋西棟と主屋南棟を結ぶ南北棟の土蔵で、2階建・切妻造・本瓦葺の置屋根形式です
     東側の廊下に面する壁のみ海鼠壁で、敷地景観の核となると共に精緻な装飾を備える土蔵の好例です

    西田家住宅の石垣
     石垣は正門の東側から外周の北・東・南側に総延長160mに亘って築かれています
     最も高い場所では高さ2mを超えます
     城下町大和郡山の戦前の景観を今日に伝える建造物です

    ★所在地;大和郡山市箕山町37
    ★交通;近鉄大和郡山駅下車 徒歩5分
    ★駐車場;有りません
    ★入場料;内部は通常非公開です
    ★問合せ;


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  • 09/06/12--17:00: 石峯古墳群
  • 石峯古墳群の小石室
     天理市民会館の前庭に移築された石室が二つ並んでいます 撮影日;2012.09.01

     名阪国道天理東インターチェンジの南側(石上町字シヤミケ尾)に有りましたが、道路建設のため消滅しています
     石上北A9号墳の少し南側です

     径10mほどの円墳だったようです
     石峯4号墳「8D-258」と3号墳「8D-354」のようですが?
     鉄鏃・馬具・土師、須恵などが出土しています
     築造は古墳時代後期

    ★所在地;天理市川原城町739
    ★交通;JR・近鉄天理駅下車 徒歩5分
    ★駐車場;有ります
    ★入場料;見学自由
    ★休館日;水曜日(市民会館・やまのべホール)
    ★問合せ;


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  • 09/07/12--17:00: 大職冠の楠の巨樹 
  • 大職冠の楠の巨樹
     郡山城の西の台地に聳え立っています 撮影日;2012.08.27

     表示板には、樹齢500年・樹高25m・幹周り5.7mとなっています
     (昭和63年の調査では、樹高約18m、幹周り5.15m)

     県道9号に面し、歩道を3分の2ほど占領しています 

    根元 枝

    ★所在地;大和郡山市南郡山町
    ★交通;近鉄大和郡山駅下車 徒歩15分
    ★駐車場;なし
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;

     北西500mほどの所に大織冠鎌足神社が有ります


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  • 09/08/12--17:00: 近鉄郡山駅前交番
  • 近鉄郡山駅前交番
     城下町・大和郡山市の玄関口にふさわしい?建物です 撮影日;2012.08.27

     昭和57年4月にオープン

     モデルは姫路城でしょうか?
     一階は土蔵風な造りに見えます

     管轄区
     大和郡山市のうち柳1〜6丁目まで、朝日町、藺町、今井町、魚町、永慶寺町、大宮町、冠山町、北郡山町の一部(通称大手前、木屋の口、五軒屋敷、幸町、城東、花菱)、北大工町、車町、紺屋町、堺町、雑穀町、塩町、城内町、城南町、城見町、新紺屋町、新中町、天井町、洞泉寺町、豆腐町、奈良町、新木町、西岡町、東岡町、藤原町、本町、南郡山町、南大工町、箕山町、矢田町通、柳町、綿町 

    ★所在地;大和郡山市南郡山町520-17
    ★交通;近鉄大和郡山駅下車 徒歩すぐ
    ★駐車場;有りません
    ★入場料;
    ★問合せ;0743-52-4258


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  • 09/10/12--11:36: エガミ田3号墳
  • エガミ田3号墳
     黒石公園に墳丘が保存されています 撮影日;2012.09.01

     エガミ田3号墳は、径26m・高さ4.25mの円墳です 
     以前は全長55mの前方後方墳(前方部幅25m・前方部高2.5m、後方部長25m・後方部高3.5m)とされていました
     墳頂部に盗掘孔と思われる陥没部が見られます

     公園内には6基保存されています
     1号墳「13B-15」は径17.5m・高さ4mの円墳
     2号墳「13B-75」は一辺15m・高さ4mの方墳
     4号墳は径10.5m・高さ2mの円墳
     5号墳は径18m・高さ2.5mの円墳
     6号墳は径11m・高さ2.25mの円墳(以前は3号墳の前方部とされていた)

     遺物は見つかっていませんが、いずれも古墳時代後期の築造と考えられています

    6号墳 2号墳

    ★所在地;北葛城郡広陵町みささぎ台
    ★交通;近鉄築山駅下車 徒歩8分
    ★駐車場;なし
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;


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  • 09/10/12--17:00: 黒石13号墳
  • 黒石13号墳の石室
     みささぎ台公園内に移築保存されています 撮影日;2012.09.01

     モエサシ3号墳の前方部東側に横穴式石室が移築されています

     元は南東250mほどの所に有りました
     南北約19m・東西約16mの円形墳でした
     遺物は土師・須恵器、勾玉、鉄鏃など
     古墳時代後期の築造です 

    ★所在地;北葛城郡広陵町みささぎ台17
    ★交通;近鉄築山駅下車 徒歩7分
    ★駐車場;なし
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;


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  • 09/11/12--17:00: モエサシ3号墳
  • モエサシ3号墳の後円部
     公園の大半を占める前方後円墳です 撮影日;2012.09.01

     3号墳「10B-16」は、全長74mの前方後円墳です
     後円部径38m・前方部幅23m・同高さ1.5m
     後円部墳丘頂部に盗掘孔と思われる陥没穴があります
     墳丘斜面には埴輪片が散在してたようです(円筒埴輪が埋まったままのようです)

    モエサシ3号墳の前方部 モエサシ3号墳の墳頂

     1号墳「10B-17」は径35m・高さ3.5mの円墳です
     墳丘の東側が破壊されています
     須恵器の破片が採集されていることから古墳時代後期の築造と考えられています
     2号墳「10D-150」は径25m・高さ2mの円墳です
     墳丘形態から古墳時代前期の築造と考えられています

    ★所在地;北葛城郡広陵町みささぎ台17
    ★交通;近鉄築山駅下車 徒歩7分
    ★駐車場;なし
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;


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  • 09/12/12--17:00: 北今市古墳群
  • 北今市1号墳移築石棺
     馬見丘陵公園に1号墳と2号墳の石棺が保存されています 撮影日;2012.09.01

     葛下川西岸の南から北へのびる低い丘陵上に3基(北今市1〜3号墳)の古墳が築かれていました
     古墳時代後期の古墳群です
     
     中和幹線(桜井市から香芝市田尻に至る)の建設に伴い、平成17年に発掘調査されました
     参照;北今市古墳群 現地説明会資料資料(2005年9月4日)

     1号墳「10C-8」は径20mの円墳です
     主体部は南南東に開口する小型の石材で築かれた横穴式石室です
     全長11m、玄室長5m・幅1.6m・高さ2.8m、羨道長6m・幅0.9mの両袖式横穴式石室
     羨道の前には墓道があり、排水溝が設けられていました
     玄室内に凝灰岩製の組合せ式家形石棺が2つ南北に並んで納められていました
     鉄刀・金銅製単鳳環頭・馬具破片・多量の須恵期類が出土
     墳丘北西裾から年代の古い円筒埴輪棺が出土し、既存の古墳を破壊して築造された可能性があります

    説明板 1号墳

     2号墳「10C-6」は1辺15mの方墳です
     3基中最も新しく、凝灰岩製の組合せ式家形石棺を2基直葬していました
     北棺はすでに破壊されていましたが、南棺は未盗掘で完存していました
     蓋石は3枚からなりますが、形状が不揃いで、石材を寄せ集めて造られた印象です。 熟年男性と4〜5歳児の2体分の人骨が遺存していました

     3号墳「10C-7」は2号墳と一部周溝を共有する径10mの円墳です
     南南西に横穴式石室が開口
     全長4m、幅1.1m・高さ1.5m、床面に礫を敷き詰め、石室前に墓道が続いています
     遺物はほとんど残っていませんでした 

    北今市2号墳移築石棺はベンチにされています

    ★所在地;香芝市北今市3丁目 MAP
    ★交通;近鉄下田駅またはJR香芝駅下車 徒歩10分
    ★駐車場;なし
    ★問合せ;



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  • 09/13/12--17:00: 佐味田石塚古墳群
  • 佐味田石塚2号墳
     ナガレ山古墳の少し北に移築保存されています 撮影日;2012.09.01

     公園の西側を走る県道工事に伴い確認された三基の小石室です
     いずれの古墳も墳丘は削平されていました
     元の場所は、北西100mの馬見丘陵公園の入口辺りです

     1号墳「10D-167」(保存)は小振りの石材を積んだ竪穴式小石室です
     床面に平瓦を敷き詰めていました
     築造は7世紀中頃と考えられています

    佐味田石塚1号墳

     2号墳「10D-169」(保存)は6世紀末の築造
     3号墳「10D-168」には円筒棺が有ったようです

     すぐ西側には、径60mの大きな円墳「佐味田坊塚古墳」が有ったそうです 

    ★所在地;北葛城郡河合町佐味田字石塚
    ★交通;近鉄池部駅下車 徒歩20分
    ★駐車場;有ります
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;


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  • 09/17/12--17:00: 二階堂の落羽松
  • 二階堂の落羽松
     天理市立二階堂小学校の校庭北隅に立っています 撮影日;2012.07.08

     昭和47年に県自然環境保全条例保護樹木に指定されています

     明治20年5月21日二階堂高等尋常小学校(現在の二階堂小学校)が開設
     明治24年に落羽松が植樹されています
     当時は約2mの苗木であったそうです
     
     樹齢は、約120年
     現在、高さはおよそ28mです
     根元は、クスノキと癒着しています

    池越しに見える二階堂の落羽松 クスノキと癒着している根元

     ★ラクウショウ「落羽松」
     地上に気根(呼吸根)が出て奇妙な姿形をしているスギ科ヌマスギ属の落葉針葉樹の高木です(50mほどに育ちます)
     樹形は広円錐状に茂ります(メタセコイアに似ています)
     スギの仲間なので、葉は線形で葉は互生してつきます
     秋に葉が紅葉し、冬に葉が高所から鳥の羽のように落下します
     沼や湿地等のジメジメした木陰を好むので別名でヌマスギとも呼ばれます

    ★所在地;天理市二階堂南菅田町640-1
    ★交通;近鉄二階堂駅下車 徒歩10分
    ★駐車場;スペース有り
    ★問合せ;


     参考;ウィキペディア

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  • 09/18/12--17:00: 円照寺墓山古墳群
  • 円照寺墓山3号墳
     円照寺宮墓の裏山に数基の円墳があります 撮影日;2012.09 

    ◎円照寺墓山3号墳「8B-39」
     宮墓を右側に回り込んで登ると大きな石材が2個見えています
     墳頂に宝篋印塔が建てられています
     径14m・高さ2m程の円墳です
     両袖式の横穴式石室です
     羨道部は、埋没あるいは破壊されているようです
     石材の手前に30cmほどの穴が開いているので、玄室が覗けます
     玄室は長さ約4.5m・幅2.4m・高さ2.7m

    3号墳墳頂 3号墳の石室

    ○円照寺墓山1号墳「8B-40」
     1927年に発掘調査されています
     宮墓整備のため、北側で土取りした際に偶然見つかったそうです
     現状は、大きな窪み(周りと土の色が違います) 
     径12.0〜15.0mの円墳
     埋葬施設は基底部に人頭大の石を敷いているのが特徴で、その上に木棺を置き、それを粘土で覆っている
     小石室礫槨
     三角縁獣文帯三神三獣鏡(銘文なし、完形22.0cm)を含む4鏡、刀・剣・鉄鏃・衝角付冑・眉庇付冑・短甲・輪鐙等の武具が出土
     古墳時代中期の築造

    ◎円照寺墓山古墳「8B-38」
     宮墓の東側・墓山3号墳の南東側にある径14.5mの円墳です
     墳頂に小さな穴(20cmほど)が開いています
     3号墳とほぼ同規模の横穴式石室で、やや小ぶりの石で築かれています
     (カメラを突っ込んで撮りました)
     築造は5世紀後半から6世紀前半頃と思われます

    墓山古墳石室 墓山古墳墳丘
     他にも数基の古墳が有るようですが、はっきりしません

    ★所在地;奈良市山町字裏山
    ★交通;JR帯解駅下車 徒歩45分
        奈良駅よりバスで「円照寺」下車 徒歩20分
    ★駐車場;有ります
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;

     宮墓の南側には五つ塚古墳群が有ります


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  • 09/20/12--05:06: シズカ塚古墳
  • シズカ塚古墳
     鈴鹿王の墓の伝承が有るようです 撮影日;2012.09.15

     現状は、ものすごい藪です
     「8B-26」
     東西約17m・南北16m・高さ2mの方墳です
     発掘調査は行われていません
     葺石や埴輪なども確認されていません

     『大和國古墳墓取調書』では「甲」区分とされており「字シツカ塚ト云フ 其形三段ニ築キ陵墓ノ形状ヲ具フ 村人ノ所傳二由レハ「シツカ」ハ「スズカ」ノ訛傳ニシテ 即チ高市皇子ノ御子鈴鹿王ノ墓ナリト(中略)天平十七年九月ニ薨セリトアリテ葬所ヲ記サスト雖モ 今本塚ノ結構ヨリ考フルモ決シテ普通ノ墳墓トハ難認 所傳ノ説信ニ近キカ如シ」と記載されています

     近くに舎人親王の墓との伝承がある帯解黄金塚古墳が有り、発掘の機会が待たれます

     鈴鹿王は天武天皇の第一王子である高市皇子の次男で長屋王の弟です
     天平17年(745)薨御
     舎人親王は叔父にあたります

    ★所在地;奈良市山町外山
    ★交通;JR・近鉄奈良駅より バスで「円照寺」下車 徒歩5分
    ★駐車場;有りません
    ★問合せ;


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  • 09/20/12--17:00: 土田のケヤキ
  • 土田のケヤキ
     樹齢700年と云われます 撮影日;2012.09.15

     吉野川北岸の堤防に自生し、近隣の住民に親しまれ温かく見守られてきました

     高さは15m、幹周りは約8m、枝の張り出しは東西40m
     樹齢は推定で700年とされ、奈良県内でも有数のケヤキの巨樹です
     平成14年の台風で、ケヤキの西半分は倒れて枯れています
     それでも圧倒される幹の太さです

     平成15年2月10日、大淀町指定天然記念物となっています

     このケヤキには「神武天皇(あるいは神功皇后)お手植えの木」の伝承も有ります
     (年数が合いませんが・・・)

    説明板 土手に根をはる大ケヤキ
     背後の線路脇に住吉稲荷神社の小祠が有ります
     150m北に「妙見宮」が鎮座しています

     毎年7月26日に、畝火山口神社の神祭用の水汲み神事が樹下の吉野川辺で行われます

    ★所在地;吉野郡大淀町土田
    ★交通;近鉄越部駅下車 徒歩5分
    ★駐車場;なし
    ★入場料;見学自由
    ★問合せ;0747-52-1522(大淀町教育委員会事務局)


    大ケヤキの根元 大ケヤキの幹

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  • 09/21/12--17:00: 越部1号墳
  • 越部1号墳
     越部川東方の丘陵に築かれた古墳です 撮影日;2012.09.15
     
     平成9年に道路拡張工事にともなう発掘調査が行われています
     近接する2基の古墳の様相が明らかとなりました
     (埋め戻されていますが、1号墳は石材が2個露出しています)

    ○越部1号墳「20A-23」
     推定径約24m・高さ5.6mの円墳です
     石室全長8.3m、玄室長3.6m・奥壁幅約1.9m、現存の高さ約1.5m
     片袖式の横穴式石室です

     装飾大刀の柄尻部分にあたる「金銅製単鳳環頭柄頭」が発見されています
     (この環頭柄頭は、橿原考古学研究所附属博物館に常設展示されています)

     平安時代中頃の「堂」と書かれた墨書土器も見つかっています
     9世紀中頃に書かれた日本霊異記にある「越部岡堂」という寺院にかかわる資料として注目されています

    越部1号墳石材1 越部1号墳石材2

    ○越部2号墳「20A-39」(1号墳の南西側に有りました・消滅)
     推定径約16mの円墳
     石室全長4.8m、玄室長3.1m・幅約1.6m、現存の高さ約1.4m
     片袖式の横穴式石室です

     両者ともに玄門部に縦長の袖石をもちいていました
     これは、吉野川(紀ノ川)流域の古墳の特徴だそうです

    ★所在地;吉野郡大淀町越部
    ★交通;近鉄越部駅下車 徒歩10分
    ★駐車場;なし
    ★入場料;見学可
    ★問合せ;0747-52-1522(大淀町教育委員会事務局)


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  • 09/22/12--17:00: 北浦定政墓所
  • 北浦定政墓所
     北浦定政は、平城宮跡の研究保存と陵墓の整備に尽くした人です 撮影日;2012.05.27

     古市町の念佛寺の墓地に有ります
     北浦定政公の墓 

     平城宮保存の先駆者 北浦定政墓所
     平城宮跡の研究保存と陵墓の整備に尽くした北浦義助藤原定政は、ここ旧古市村(奈良市古市町)の人である。文化14年(1817)に生まれて、明治4年(1871)1月7日その生涯を閉じた。菩提寺念仏寺の当墓地に,永遠に眠る。享年55歳であった。
     定政は幼少より勉学に努め、15歳の時古市奉行所に出仕、漢学・算学・測量・絵画等多方面にわたるすぐれた才能に恵まれた。その広範な学識と強い情熱をもって、自らの生涯を平城京ならびに奈良近郊諸陵墓の調査に捧げ、独力で「平城宮大内裏跡坪割之図」「大和国古班田坪割図」「打墨縄」「古都考」など実測図や多くの著書を残している。また晩年は光仁天皇の田原東陵など荒廃した山稜の整備にも献身した。
     定政の平城京の研究と保存の業績は、のちに棚田嘉十郎、溝辺文四郎らによる平城宮跡保存顕彰運動として受け継がれ,学問の面でも関野貞、喜田貞吉両博士らによる平城京・宮に関する論攻の出発点ともなった。
     (定政生誕百六十年に当たり、ここに説明板、道標等を設置して、その偉大な功績を永く後世に伝えんとするものである)
     昭和51年11月    北浦定政顕彰会
    北浦定政墓 光仁天皇陵の近くには北浦定政顕彰碑が有ります

     ★所在地;奈良市古市町
     ★交通;JR・近鉄奈良駅より バスで「春日苑住宅」下車 徒歩5分
     ★駐車場;有ります
     ★問合せ;


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  • 09/23/12--17:00: 茅原毘沙門塚古墳
  • 毘沙門塚古墳附近の畑
     現状は田畑となっています 撮影日;2012.09.15

     全長45mの前方後円墳で、埋没古墳です
     後円部・径27m 前方部・幅25m

     1996年に発掘調査が行われています
     円筒埴輪、盾形埴輪、蓋形埴輪、家形埴輪、犬形埴輪などが採取されており墳丘には埴輪の配列がなされていました
     幅5mの周濠があったことも確認されています

     築造は古墳時代後期の6世紀頃と推定されています 

    ★所在地;桜井市茅原 茅原大墓古墳のすぐ西側
    ★交通;JR三輪駅下車 徒歩15分
    ★駐車場;なし
    ★問合せ;

     少しは墳丘があるのか?とおもって訪れましたが、痕跡なしです
     畑になっている場所あたりが、墳丘があった辺りと思われます
     すぐ南に、40〜50cm大の石が積み上げられていますが、古墳との関連は???


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  • 09/24/12--17:00: 六条野々宮古墳
  • 六条野々宮古墳
     初めて西ノ京丘陵で見つかった古墳です 撮影日;2012.09.23

     西ノ京丘陵の東緩斜面途中にある住宅地の一画に有ります
     古墳南側は宅地造成により大きく削られています
     民家の裏山の雑木林として3分の2ほど残っています
     遺跡地図の「5C-95」です

     平成14・15年に発掘調査され、円筒埴輪の据付け穴2基と周溝の一部が発見されています
     奈良時代の須恵器破片も見つかり、周溝の一部も確認されています

     墳丘の築成土や埋葬施設は削平され残っていませんでした
     古墳の形状など定かでは有りませんが、径30m程の円墳と推測されています
     古墳の墳丘自体は、奈良時代以降に壊されたことが分かっています
     規模も大きく、眺めのよい立地に築かれていて、被葬者は在地の有力者と考えられます

     5世紀前半の築造と考えられています 

    ★所在地;奈良市六条1丁目13
    ★交通;近鉄西ノ京駅下車 徒歩5分
    ★駐車場;なし
    ★問合せ;


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