寺口古屋敷古墳
崖面に石材が露出していました 撮影日;2013.01.20 県道工事で石室が露出し、1979年に発掘調査が行われています 寺ロ集落北方の尾根から派生した小支丘上に立地しています 径約8mの円墳と考えられていますが、墳丘本体を含め石室の周囲が既に削られ、墳丘の原形は不明です 石室を構築した墓坑は確認した範囲で幅約2.5m、深さ約2.2m...
View Article笛吹10号墳
5 新庄乗馬クラブの西立地にあります 撮影日;2013.01.20 全長42mほどの前方後円墳「13D-147」です 前方部を北西に向けています 後円部の径20m・高さ5mで、前方部の最大幅は20m 笛吹古墳群の西方に在り、唯一の前方後円墳です 笛吹古墳群は約80基弱の径10m前後の円墳を中心に構成されています 中期から後期までの間の築造と推測されます...
View Articleヲカタ塚古墳
絶景の場所に築かれています 撮影日;2013.01.19 全長55mの帆立貝式前方後円墳「11D-43」です 後円部径45m・高さ7.6m、前方部幅30m・高さ?m 理大学歴史研究会のレーダー調査では、全長が130mを超えることが判明したそうです 前方部を南西に向けています 墳丘には葺き石が施されていたと見られています 未調査の古墳ですが、古墳時代前期の築造と推定されています...
View Article堂山古墳
眼下に吉野川を見下ろせ、眺めがとてもよい場所に築かれています 撮影日;2013.01.27 墳丘の封土はかなり流失していますが、径15m程の円墳のようです 遺跡地図の「20B-16」です 南向きに開口する両袖式の横穴式石室です 石室全長約7m、玄室長約2.8m、幅1.9m、高さ2.5mです 背の高い石室で、構造は下市町の野々熊古墳に類似しているそうです...
View Article林垣内古墳
上市の町並みと吉野川を見下ろす丘陵の南斜面にあります 撮影日;2013.01.27 墳丘はほとんど流出していて、墳形は? 遺跡地図の「20B-15」です 片袖式の横穴式石室が露出しています 石室全長は約4.6m 玄室は長さ2.7m、幅約1.4m、高さ1.2m 奥壁にむかって左側の袖部のみ、縦長に石を用いています 羨道部は無くなっていて、開口部は木枠で補強されています...
View Article柳の渡し
吉野川には椿・柳・桜の3つの渡し場があったそうです 撮影日;2013.01.27 柳の渡しは、千年程前に理源大使聖宝が開いたと伝わります 大峰七十五靡(修行場)の最初の行場として知られています かつて吉野に入る行者たちはここで身を清めました 吉野川北岸には柳が植えられ、天明6年(1786)建立の道標を兼ねた石灯籠や石造りの道標が残ります...
View Article大岩2号墳
石神古墳「大岩1号墳」墳丘を乗り越えると、すぐ目の前に有ります 撮影日;2013.01.27 径20mの円墳「17C-168」です 墳頂に大きな石材が3個露出しています 横穴式石室が有ったようです 安楽寺大日堂の脇に組合式石棺が移築されています 250mほど北の丘陵上に有った大岩3号墳の石棺です 墳丘は無く、自然丘陵に直接埋められていたようです...
View Article東平尾マルヤマ古墳
宇陀市ではもっとも南にある石室が見れる古墳 撮影日;2013.02.03 遺跡地図の「18B-58」です 径10m程の円墳で、墳丘上には墓地が有ります 南東に開口する片袖式の横穴式石室ですが、羨道部(長さ2.2m・幅0.85m)は埋まっています 墓地の北西側が崩れていて、奥壁から玄室が覗けます 玄室長は3.5mほどで、幅1.3m(奥壁側の方が広がっています)...
View Article畑久保古墳
共同墓地のある丘陵上に2基の円墳が有ります 撮影日;2013.02.03 東側(六地蔵が立っています)の墳丘の南側に開口しています 径15mの円墳です(遺跡地図の「18B-52」) 東平尾マルヤマ古墳の北西1km程の丘の上に有ります 長さ3.95m・幅1.4m(奥壁側)・高さ1.7mの横穴式石室 羨道部は長さ1.6m・幅0.75mですが、ほとんど埋まっています...
View Article西念寺の六地蔵石憧
とても珍しい、六角石柱に彫られた地蔵尊です 撮影日;2013.02.03 六地蔵石憧と呼ばれるもので6角柱の全ての面にそれぞれ1体づつの地蔵立像が半肉彫りされています 総高約160cm 安山岩製で、江戸時代初期の元禄3年(1690)9月15日の建立です 六地蔵の像高はいずれも45cmで、やさしい顔立ちです...
View Article風穴古墳
宇陀地区ではかなり大きな石室です 撮影日;2013.02.03 径20mの円墳(現状は径10m・高さ3mほど)です 遺跡地図の「105-22」です 天井石が抜き取られていて、陥没しています 奥壁は完存していて、側壁もよく残っています 自然石を乱積した両袖式横穴式石室です 玄室長さ約4m・高さ2.5m、奥壁の幅は下部で2.3m・上部で1.5m...
View Article粟原深谷1号墳
橿原考古学研究所付属博物館の前庭に石棺が保存展示されています 榛原石の板石を精巧に組合せた石棺で、小型の円墳内の横穴式石室に納められていました 棺内から多数の人骨が出土したそうです 古墳「15A-269」は現・高岸組の敷地に有りました 墳丘はほぼ消滅しています 円墳だったようです(規模不明です) 7世紀中頃の築造とされます 撮影日;2013.02.03...
View Article粟原森貝3号墳
5 山の中、目印も無くとにかく見つけにくい古墳です 撮影日;2013.02.10 粟原森貝古墳群は6基程の横穴式石室を有する円墳です 3号墳「15A-160」は尾根伝いの林道から少し南に下りたところに有ります 径10m・高さ2mの円墳で双石室墳です 西側の石室が開口しています 全長5m・幅1.1m・高さ0.6mで無袖型の横穴式石室です...
View Article萩原・南山古墳
漆喰がきれいに残っています 撮影日;2013.02.10 尾根の端を利用して造られた、径約15m以上・高さ約4m程の円墳です (南北18m・東西17m、高さ1〜4.5m) 南に開口しています 榛原石(石英安山岩質の石材)を用いた横穴式の磚槨墳です 残念ながら、羨道・玄室とも崩れていて、中には入れません 全長5.6m、玄室長3.3m・幅2.2m・高2.6〜3m、...
View Article室の谷古墳群
5 正式には高田垣内古墳群室の谷支群です 撮影日;2013.02.03、02.10 1号墳「15B-477」は道路脇に有り、横穴式石室が在ったようです 径6mの円墳で、須恵器・土師器・鐶座金具・鉄鏃・刀子・金環・鉄釘などが出土しています 石室は保存となっているので、埋め戻されているのでしょうか? 参照;高田垣内古墳群室の谷支群第1号墳 2・3号墳は消滅しています(今は田圃です)...
View Articleヲトンダ古墳群
正式には高田垣内古墳群ヲトンダ支群です 撮影日;2013.02.10 室の谷支群の南側の尾根に沿って、東西方向に6基の古墳が並んでいます 西から順番に1〜6号墳 1・2・4号墳は円墳です 道沿いの4号墳は、楕円形墳で径14×11m・高3m 墳丘裾部に外護列石が確認されています 箱形木棺2基が直葬されていたようです 遺物;銅鏡、須恵、鉄鏃、針、玉類ほか...
View Article神木坂古墳群
谷畑古墳の裾部に2号墳と3号墳の石室が移築されています 撮影日;2013.02.10 宇陀川・芳野川流域を見下ろせる南西にのびる尾根の最高所に谷畑古墳が位置しています 神木坂古墳群はすべて消滅しています 主幹尾根を南へ約50mくだると2号墳、南東にのびる尾根の先端に1号墳、南西にのびる尾根には3号墳が在りました 1984〜87年に発掘調査されています...
View Article山岡家住宅(大宇陀)
山岡家は代々大庄屋を勤めた旧家です 撮影日;2013.02.11 主屋・座敷・内蔵の3棟が県の文化財指定を受けています 主屋の平面構造などは片岡家住宅と似ているそうです 17世紀の建築です 西側の座敷は、元あった位置に19世紀に建設したようです 若干の改造もあるそうですが、大型民家の変遷を考える上で重要な遺構です ★所在地;宇陀市大宇陀下竹1番地 ★交通;近鉄榛原駅より...
View Article領家山1号墳
かつて鶏頭埴輪が見つかっています 撮影日;2013.02.11 総合福祉会館や高田温泉「さくら荘」等があるエリアの一角に フェンスに囲まれて小さな円墳「13B-42」が保存されています 以前は狐井塚古墳(陵西陵墓参考地)の陪冢とされていました 径20mの円墳で、最大幅4mの周濠があったことが分かっています 出土品は、周濠部から埴輪(円筒・朝顔・家形・きぬがさ形)が見つかっています...
View Article小墓高塚古墳
現在は、墳丘が在った付近に小堂が建てられています 撮影日;2013.02.11 昭和21年12月に、開墾に伴って組合せ家形石棺が出土しています 調査時にはすでに古墳の封土は除去され石棺が露出する状況であったため、墳丘の規模・形状は不明です 現状、径30m程の円墳または50m以上の前方後円墳のようにも見えますが、尾根上に在った小円墳のようです...
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