ツカモト古墳
南斜面に横穴式石室が開口しています 撮影日;2014.12.13 径15mの円墳となっていますが、現状は径10m弱と思います 石室は長さ3m・幅1.3m、羨道部は幅0.7mの片袖式の横穴式石室 この古墳、山の南斜面に築かれている為、羨道部は北側に有ります 開口部は10cmほどの高さが有りますが土砂でほとんど埋まっています 羨道は3~4mほど有ります...
View Article岩室古墳
石室石材が露出しています 撮影日;2014.12.13 「15D-372」ですが、遺跡地図とは少し場所が違います 横穴式石室ですが、羨道は破壊され内部の様子は分かりません 覗いて見ると、玄室の空間は残っているようですが、ほとんど石材は抜かれているようです 墳丘はかなり削られてしまっていて、墳形も分かりません 比較的規模の大きな古墳のようです...
View Article本郷の古墳「15C-126」「15C-127」
比較的大きな円墳です 撮影日;2014.12.13 松源院香久山古墳の南東600mほどの所に2基の円墳が有ります 西側の「15C-126」は径22mの円墳で、高さ4mほど 墳頂は削られて墓地になっています 盗掘穴と思われる跡も有ります 100mほど東に有る「15C-127」も径22mの円墳 とてもきれいな円墳です 高さ5mほど 墳頂に「崇仁六十年...
View Article衞門戸丸塚古墳
瓢箪山古墳の南西に接する古墳です 撮影日;2014.12.14 「丸山古墳」「ボウズ山」とも呼ばれます 径45mの円墳とされていますが、調査されていないようです 佐紀陵山古墳の東方、上吉堂池と呼ばれる大きな池の北方に位置しています 佐紀瓢箪山古墳のすぐ南西に隣接...
View Article歌姫赤井谷横穴墓群
竹薮に覆われた谷の斜面に築かれています 訪問日;2014.12.14 塩塚古墳の北北東に発見された3基の横穴墓 1号墓には陶棺2基置かれていました 3号墓は全長約10m 棺は無く、床面に人骨が3箇所に置かれていました 5体以上が埋葬されていたようです 市の西北部には陶棺を納めた横穴墓が多く、土師氏との関係が考えられます...
View Article佐紀猫塚古墳≪再訪≫
墳丘に立ち入ってみました 撮影日;2014.12.14 衞門戸丸塚古墳のすぐ東の竹薮内に有ります 前方部西側やくびれ部南側が特に大きくえぐられています 墳形も大きく改変されています 竹も密集している為、全体を見渡すことはできませんでした 後円部の径30m、高さ3mで、墳丘全長は55m 墳丘の周囲には周濠があります 外周施設をふくめた兆域の全長が120mになることが知られています...
View Article平尾山遺跡古墳
水道タンク付近に有りましたが消滅しています 撮影日;2014.12.21 石上大塚古墳の西に在った2~3基の円墳です 平尾山1号墳「8D-150」は径約23mの円墳 平成7年に天理市水道局の北側タンク増設により調査されています 調査前は果樹園となっていて、東西22m・南北18mの円墳状を呈していました 復元規模は径約23m・墳丘高2m、濠跡は幅約6mあったようです...
View Article石上大塚古墳≪再訪≫
破壊されていますが、とても大きな石室です 撮影日;2014.12.21 全長107m、後円部径67m・高さ14mの2段築成の前方後円墳です 後期の古墳としては見瀬丸山古墳に次いで規模が大きい前方後円墳です 前方部を北に向け北・西・南の3方に空濠が有ります 西側に有る造り出し(東側にもある可能性)もはっきり確認できます 拳大の礫石による葺石が墳丘に施されていたようです...
View Articleウワナリ塚古墳≪再訪≫
大きな玄室がほぼ完存しています 撮影日;2014.12.21 石上大塚古墳の東に並んで築かれている前方後円墳です 前方部はぶどう畑となっていて入れませんが、埴輪の破片がころがっているらしいです 葺石も施されていたようです よく分かりませんでしたが、西側に造り出しが有るようです 埋葬施設は両袖式の横穴式石室で、後円部南西側の上段に有ります...
View Article岩屋町の磨崖仏
旧街道沿いの不動明王像です 撮影日;2014.12.21 3mほどの岩肌に1m程の不動明王を線刻して有ります 磨耗、風化が進んでいて、日の当たり具合によっては見えにくくなります 岩屋は元々は岩谷と書いたと思われ、いたるところに岩肌が露出しています この道は旧伊勢街道だった様で、奈良や天理から大和高原を超えて伊勢へ至る最短ルートの道でした...
View Article塚ノ平古墳≪再訪≫
見つけたときは感動した石室です 撮影日;2014.12.21 高所に有り、切石の美しい石室です 奥壁に『塚平社』と線刻されています 石室は無袖形の横穴式石室で、高麗尺で設計された切石造りの精美な石室です 南側に開口しています 現状長約5.5m、幅約2.07m、高さ1.7m 標高320mの高所に所在する終末期古墳 一辺約30mの方形区画の中に造られた、一辺約16mの方墳...
View Article塚平古墳付近の無名墳
木の根元に石材が露出しています 撮影日;2014.12.21 わずかに開口していて、奥壁が残っているようです 径8mほどの円墳と思われます 遺跡地図の場所とは少し違うようですが「8D-109」でしょうか? 登山道脇にも石材が露出している所が有ります「8D-110」? 登山道の真ん中に石材が一個転がっています 左手斜面を見上げるといくつか石材が見えます...
View Article峯塚古墳≪再訪≫
見所は、なんといっても精巧に切り出された大きな石材を使って組まれている石室です 撮影日;2014.12.21 石室の全長約11m 玄室は長さ4.6m、幅2.7m、高さ2.3m 巨石の切り石で組まれています 残念なのは、とても落書きが多いことです 三段築成の円墳で、規模は直径が下段から約35.5m、28.4m、17.6m...
View Article古市城址
城跡は東市小学校の校地となっています 撮影日;2014.12.21 東市小学校の裏門を登っていくと右手フェンスの中に「古市城址」の石碑が有ります 築城年は不明です 文献上の初見は文安元年(1444)だそうです 広い台地築かれ、台地と西側の環濠集落が結合して惣構えを形成していたようです 遺構は見当たりませんが、本丸跡地は周囲より一段高く、東から奈良盆地を一望できる立地です...
View Article法花谷古墳
山の奥にポツンと築かれている後期の古墳です 撮影日;2014.12.27 径12mの円墳「17D-2」です 封土はかなり流失しているようで、墳頂は平になっています 横穴式石室が見学できます 羨道部はほぼ埋まっています 玄室の西側石が1個抜かれていて、なんとか入室可能です 足場が無いので出るのは大変(うかつに入ると出られなくなりますよ) 玄室は花崗岩を積み上げている...
View Article上5号墳
細川谷古墳群の最も東の端に在った古墳です 撮影日;2014.12.27 上(かむら)集落の東、東西方向に伸びる尾根の上に築かれていましたが、消滅しています 調査時点で、すでに封土は流失し、横穴式石室が残っていました 径17mほどの円墳「17B-173」だったようです ほぼ南に開口する横穴式石室で、全長7.4m 羨道長さ3.1m・幅は玄門部で1.6m...
View Article七曲塚(上廻塚)古墳
とても大きな石材が露出しています 撮影日;2014.12.27 上5号墳の少し北に有ります 墳丘は半壊状態 登山道途中に、破壊された大きな石材が積み上げられています (この山道は念誦崛不動尊を通って北山へ続いていたと思われますが、今は途中で途切れています) 登り口が分かりづらいです 埋葬施設は南に開口する横穴式石室です 開口はしていません...
View Articleイノラムキ古墳
こんな山の高所に、よく造ったな~と思える古墳です 撮影日;2014.01.04 生駒山の標高360mの南側斜面に築造され終末期古墳です 東西15m・南北18mの方墳です 南側は3段、東西は2段に石を並べ、区画していたと考えられます 現在は、1段目の南側石室入口から西側へ続く部分と、2段目の西側に列石が残っています 石室は南に開口する無袖型の横穴式石室です...
View Article旧生駒トンネル
幽霊トンネルとしても有名 撮影日;2014.01.04 かつて近鉄奈良線の孔舎衛坂駅⇔生駒駅間にあった鉄道トンネル(全長3,388m) (日本初の標準軌複線トンネルです) 奈良線の生駒トンネルは大正3年(1914)に、近畿日本鉄道の前身である大阪電気軌道により開通しました 開通当時は日本で2番目の長さだったそうです...
View Article松本塚「出雲井8号墳」
アパートや民家に囲まれて墳丘が残されています 撮影日;2014.01.04 径約20m、高さ約3mの円墳です 石室内には組み合わせ式石棺が有るそうです 両袖式の横穴式石室で、石室長は約8.4m 玄室長5.2m・幅2.6m・高さ4m 羨道長3.2m・幅1.7m・高さ1.9m(羨道は無くなっているようです) 6世紀後半から7世紀初頭の築造と推定されています...
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